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詩『生命は』 吉野弘 
前回の中尾さんのブログでは、
それぞれの違いをもった生きものからなる自然界の「調和」、
そして、それぞれの個性をもった人間からなる社会の「調和」、
そのために「分からない・知らない」で済ませるのではなく、
互いを知り認め合うことの大切さについて書かれてありました。


その「調和」ということに関して
今回はある詩を紹介したいと思います。

※以下の詩は映画『空気人形』(是枝裕和監督)の中で使用されていた吉野弘さん(詩人、1926年山形県酒田市生まれ)の詩です。

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『生命は』 吉野 弘(よしのひろし)

生命は
自分自身だけでは完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする
生命は
その中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ

世界は多分
他者の総和
しかし
互いに
欠如を満たすなどとは
知りもせず
知らされもせず
ばらまかれている者同士
無関心でいられる間柄
ときに
うとましく思うことさえも許されている間柄
そのように
世界がゆるやかに構成されているのは
なぜ?

花が咲いている
すぐ近くまで
虻の姿をした他者が
光をまとって飛んできている

私も あるとき
誰かのための虻だったろう

あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない


――――――――――――――


世界は多分・・・・

世界がゆるやかに構成されているのは
なぜ?


私はこの下りが好きです。

疎遠や孤独のように感じられる世界でも、
世界はゆるやかに構成されていて、
それは、自分ではそうと気付かなくとも
互いに「虻」や「風」になっているからでしょう。


「いきものみっけ」とは違うアプローチですが、
この詩も「調和」「支えあい」というものを気づかせてくれるなぁと思います。