奥山清行というスゴイ人
私は一応グラフィックデザイナーであり、アートディレクターでもある。沢山の部下とチームを組んで仕事をしてきたこともある。若いヤツはただ噛みついてくるし、変に年をとっていたり、キャリアに溺れるやつは扱いが面倒だったり・・デザイナーの個性を尊重しつつもモチベーションを保ったまま、「それは違う!」といって別の方向に向かせる苦労もしてきた。でも、今考えると甘かったかもしれない。それほど熱いタイプの人間ではないし、だったら自分でやってしまおうと思ってしまうことも多々あった。

フェラーリやマセラッティのデザインが最近特に美しい・・・と思っていたら、これは日本人の仕事だった。カーデザイナー奥山清行さん。GMやポルシェのデザインを経て、イタリアの名門デザインスタジオのデザイン部門最高責任者として働いている。彼は世界中から集まってくるエリートデザイナー(猛獣)たちをうまく使って、デザインを生み続けていく。その過程は想像を絶する。彼のやり方は熱く、厳しく、自らのクオリティーを維持し、ロジックを固め、理想を追い求める勢いをゆるめない。

「プロは、今日のためではなく、本当に明日のために仕事が出来る人。自分のためじゃなくて、人のために仕事が出来る人。だから、明日の人のために仕事ができる人だと思う」と彼は言った。わかる、それはわかる。
彼のようになれと昔の上司は望み、試してみたが出来ず、悩み、悩み、深みにはまったのを思い出す。自分も含め、日本人の特性なのか、ぶつかるのがイヤだったり、熱いのは流行らないと思ったり、なーなーで過ごす人が増えている気がする。デザインに関してはこだわりがあるから熱くなれるが、結局デザインは好き嫌いの世界だから・・と諦めることが増えるのが怖い。

最近、ユニバーサルデザイン的な考えをすることが増えた。デザイン会社では通用する「小さい文字」の名刺は、この世界では通用しない。(うちの名刺は文字が小さいが・・これは直します(^^;)新聞を読んでいても、広告全体も文字が小さい。デザイナーはついつい文字を小さくしたがる。ネットでは文字を大きくしたり出来るが、カタログやパンフレットでも、カッコいいな〜と思うものはやっぱり文字が小さいモノが多い。(そう言う意味ではネットのテキスト扱いは昔から嫌いだ!デザインがぐちゃぐちゃになるから)昔とは違い、この辺の考え方が変わってきた気がする。デザイナー、クリエイターもこれからは少し違う視点で見ることが多くなるかもしれない。

フェラーリの話しに戻るが、時速300キロを超えて地上を走るのは相当大変らしい。たしかに空に飛んでいかないで走る、曲がることが出来るのはスゴイ。そして、それを追求すると、きっとまたこの形に大体なっていくという。いまから考えてもどこも削ることが出来ないデザインだとか。それでも助手席に女性が乗り降りしやすい配慮がされているところがイタリアらしい。

「機能を追求していくとデザインも良くなる」という言葉に納得。どちらも切り離せない関係であることに間違いなく、大切にしていきたいキーワードである。奥山さんもおっしゃっていた「日本人の切り捨ての美学」。私もいけ花をやっているのでよく分かるが、余分なものをそぎ落としていき美を追究する文化は日本独特な、誇れる文化かもしれない。使いやすくするために付けた足していくのではなく、切り捨てるという考え方が、もしかしたらユニバーサルデザインに別のヒントをくれるかもしれないし、生活そのものから見つめ直すきっかけをくれたスゴイ人だった。

※2006.9に独立されたようです。