「ふれあいきのこ村」 魂のしいたけ


 先日、船谷がブログに書いた「こむぎっこ」さんは、石狩市の社会福祉法人の中の1つですが、今日はもう1つをご紹介したいと思います。

 「ふれあいきのこ村」では、知的障碍者が職業として、しいたけをつくっています。品質も賞を取るほど。働く人の最低賃金もクリアされています。

 お話を聞くと、ここに至るまでの努力は筆舌に尽くしがたいものがありました。始めはプログラムの1つとして趣味ように始めたこと、それを売れる商品にまで品質を高めたこと、そして商品になった現在も販路開拓、商品開発をつづけていること。こうした努力の積み重ねが、知的障碍者の労働環境をつくってきたんですね。
 そして、今では障碍者のみなさんは労働力としても、欠くことのできない存在となりました。
 

 最後に一品ご紹介! 子どものおやつ、おつまみにおいしい『パリッとしいたけ(写真参照)』。のりを食べているような触感です。しいたけ嫌いの方も食べられます。

いきものみっけ
 おもしろいサイトを見つけました。その名も「いきものみっけ」
いきもの(植物や生物)がどういう姿であるのかをみんなで報告しあうサイトです。
 普段気づかないちょっとした季節の変化を「こんなの見つけたよ!」とみんなに教えてあげるんですね。そう言えば子どもの頃、興奮してみんなに「○○に柿がなってた」と得意げに教えていたなぁ。。


「いきものみっけ」にはこのように書かれています。

  いきものみっけはいそがしい毎日のなかで
  見たことないから知らなーい、と
  みんなが自然の調和のありがたさを
  忘れてしまわないようにおたがいを認めあえるように
  自覚なくうっかり壊してしまわないように
  「ほら、こんなところに、こんなものがいるよ」
  といきものを見つけて、教え合おうよと呼びかけています。
                (「いきものみっけ」HPから一部抜粋)
  

 それぞれ違うものが自然界という大きい世界でお互いを認め合いながら調和して生きていく。自然界では当たりまえのこと。でも、私たちはそのことをうっかり忘れてしまいがちですね。調和していきることは、私たち人間も、自然界で生きる「いきもの」として必要不可欠なことだと思います。

 テミルも「見たことないから分からない」といわれることの多い障碍者も含めて、すべての人がお互いを認めあえる社会であるように「ほら、ここでこういう人ががんばってるよ」と呼びかけていければと思っています。

地域で生活2 〜王子養護学校の卒業生を応援する会『ヴイの会』〜


 前回のブログに引き続き、今回もヴイの会の障碍者の「働く場」づくりについてお知らせしたいと思います。

 次の紹介はエコに取り組むお仕事。環境を守るために貢献できることは何かと考え、古本販売の仲介業を始めました。「お電話1本、1冊から買い取りに伺います!」のビラを配り、本を買い取った後は、分類したり磨いたりして売れる商品にまで仕上げます。そして、その商品を全国にチェーン店のある某古本屋さんに買い取ってもらいます。フットワークの軽さが自慢だそう。

 もう一つのお仕事、おいしい自然食が食べられる食のスペースを提供。40-50代の障碍者の中には、親が高齢となり食事を作れなくなってしまったという家庭もみられます。彼らの食事はどうしても高カロリー・濃い味のお弁当になってしまうため、糖尿病や高血圧など様々な健康不安がでてきています。そういった状況に対応するため、近くの大学や栄養士さんと共同で気軽に立ち寄れるレストランを立ち上げました。その名も「ダイニング街なか」もちろん、そこで障碍者も働いています。昼食をいただいてきましたが、オシャレなお店で、おいしい玄米ご飯(自慢の一品だそう・・)野菜いっぱいのランチは久しぶりでした。会社の近くにできたら、毎週は通っているはず!

 あと「働く場」とは別ですが、月1回決まったお店で開催される飲み会(?)やサークル活動などの余暇支援も行っています。ここでは、安らいだり、くつろいだりする「ひととき」もつくっているのです。

 「障碍のある人が地域で生活していくために必要なものをつくるとこうなった」と小島さんは言います。地域で障碍のある人・ない人など、様々な人が共に生きるということは、まさにこのことだと思います。これが地域福祉!私がかつて教科書で学んだことが、実践としてここにはありました。

 「ここは、彼らの笑顔とか雰囲気とかそういう言葉では表せない価値をパンにのせて売って上手くいった例。彼らの価値は私たちだけで一人占めしてはいけない。多くの人がその価値を受け取れる機会を提供しなきゃ。彼らを囲っちゃいけない」小島さんのこの言葉は、私たち福祉専門職に向けたメッセージでもあるような気がします。

地域で生活1 〜王子養護学校の卒業生を応援する会『ヴイの会』〜


 ヴイの会で活動されている小島さんと相原さんにお会いしてきました。小島さんは元養護学校の先生で、生徒の卒業後彼らが地域で生活できるように必要なサービスを次々と生み出してこられました。ですから、サービスはホームヘルプ、グループホーム、就労支援などなど本当に多岐にわたっています。また、福祉サービスではない「働く場」もつくってこられました。その中で面白いと思った取り組みをいくつかご紹介。

 まず、スワンベーカリー。スワンベーカリーは故・小倉昌男理事長が「障碍のある人も一般の市場で売れる製品づくりを目指すべきだ」とし、ノーマライゼーションの理念の実現のためにヤマト福祉財団とヤマトホールディングス株式会社と共に設立した株式会社です。スワンベーカリーでは、フランチャイズになってもそのコストは全くかからず、技術提供やものづくりの技術指導に対しても全く費用が発生しません。その代わり、働く障碍者にできるだけ多くのお給料を支払うこと、これがスワンベーカリー本体との約束です。福祉業界において、スワンベーカリーは大変有名ですが、1996年ごろからこのような信念で取り組まれてきたこと、その取り組みが全国展開されていること、本当にすごいことです。

 少し話が逸れました。元に戻しますね。スワンベーカリー十条店は住宅街にあり、駅からも少し距離があるので人通りが多いわけではありません。売り上げを確保するために、お店で販売するだけでなく、会社や大学、省庁でも出張販売をしたり、週替わりのパンをセットにして近所に宅配したりと販路開拓に熱心です。スワンベーカリーは始まって10年経つそうですが、その間、障碍者の給料は最低賃金をクリアしています。それを保ちながら、会社も維持していくにはこれまで大変な苦労があったこと想像に難くありません。施設の工賃が1万円くらいなのに対し、ここの給料は7〜13万円。「給料をもらえる」、「会社をつぶしてはならない」と、働く人のモチベーションも高く、みなさん一生懸命に働いているそうです。

「大変だけど、給料日のみんなの笑顔を見るとここまで続けてこられた」そう話す小島さんは、とてつもなくかっこよかった。

ヴイの会の取り組みの続きは、次回ブログで!

炭谷先生とソーシャルファーム
 炭谷茂先生に初めてお会いしたのは今年の2月に開催された「障害者の一般就労を成功に導くパートナーシップ」という国際セミナーで、「ソーシャルファーム」について講演されていた時(2009.2船谷のブログ参照)だと考えていました。でも、実はもっと前から深いかかわりがあったのです。もちろん直接的ではないんですが…。

 私は大学時代に「戦後福祉50年の終焉を意味する社会福祉基礎構造改革はとっても画期的だ!!」と熱く語る先生方から教わりました。この基礎構造改革の最大の特徴は「サービスを提供する側」と「される側」が名目上対等になったことです。そのため「国から与えてもらう福祉」から「福祉をサービスとして利用者が選べる」ようになりました。この改革は日本の福祉の世界では衝撃!そして、その基礎構造改革を中心に進めてこられたのが炭谷先生だったのです。

 先生は長年イギリスで福祉を学ばれ、ヨーロッパ社会の軸となっている「ソーシャルインクルージョン」というところに辿り着き、その考えが先生の根底にあるそうです。ソーシャルインクルージョンとは、障碍のある人・ない人、仕事のある人・ない人等々、とにかく生きているすべての人が共に生きる社会を目指そうというもの。

 先生はそのような社会を目指すために、次のようなことをおっしゃっています。「生活に直結する『働く』ということをもう少し柔軟にとらえる必要があるのではないでしょうか。現在、障碍者などの社会的弱者と言われる人たちが働く場としては、一般企業と福祉施設/作業所という二者択一しかありません。しかし、様々な人がいる限りそれらの真ん中をとった働き方のスタイルもあるのではないでしょうか。それはもちろん健常者と呼ばれている人たちにも言えることです。第3の選択肢として『ソーシャルファーム』があり、それぞれの人の考えやスタイルに合わせて働き方を選べるという柔軟性も大切にしたい」先生はそのようにお考えのようで、私も非常に共感できました。

 先生は熱い思いを実践に生かすために、現在もさまざまな活動をされています。その一つがソーシャルファームであり、2008年にソーシャルファームジャパンを立ち上げていらっしゃいます。テミルもソーシャルファームのような働く場ができるようサポートしていきたい、改めてそう思いました。

特例子会社「エルアイ武田」の障碍者雇用


先日、武田薬品工業株式会社の特例子会社である「株式会社エルアイ武田」さんを見学させていただきました。従業員60名のうち48名が障碍者(うち聴覚障害者20名、知的障害者21名、その他7名)です。どの従業員の方もプロ意識をもち、自分の仕事に誇りを持っているように見えました。
「プロとして働く」これは平成7年に設立したときから貫いていることだそうです。プロとして働くということは、自分の仕事に責任をもつこと。だから、納期を意識して働き、納期前は残業もありうる。これは当り前のことですが、不思議なことに、とかく障碍者就労になると、「そういう雇用体系は厳しすぎるのではないか」という声が聞こえてきます。
 我が国のかつての障碍者施策は、社会保障により障害者を保護するという意味合いが非常に強いものでした。そのため、保護する者(家族、福祉従事者、納税者など)とされる者(障碍者)が明確に分かれていました。
一方、北欧を中心とするヨーロッパは、ソーシャルインクルージョンという考えを中心に、障碍者を含む社会的弱者と共に生きていくという施策をとりました。ここでは、障碍者の自立を促し、いかに社会参加するかかが大きなテーマとなります。労働もそのうちの1つであり、社会の一員として可能な範囲で社会的責任を負うという考えです。
エルアイ武田さんの取り組みは、後者に当てはまると思います。もちろん、前者の考えも一部大切ですが、労働したい、労働できる人を社会保障のもとに囲ってはならないと私は考えています。一般企業で障害者が働くということは、福祉的サポートも必要ですし、生産性を高めるということも必要なのです。今回の見学もよき学びとなりました。

チョーク、キットパスができるまで


2/19にダストレスチョークやガラスに描けるクレパスを製造していらっしゃる日本理化学工業さんを見学させていただきました。日本理化学工業さんは、知的障碍者の多数雇用に積極的に取り組まれていることで有名です。HPによると社員47名のうち、重度知的障がい者が22名、軽度知的障がい者が10名だそうです。見学では、知的障碍者を雇用してきた経緯と考え・想いなどを大山会長におうかがいした後、実際にチョークの製造過程をご案内いただきました。

会社の素晴らしいところはたくさんありますが、社の理念や会長の考え・想いはもちろん、それらが仕事現場に浸透し、活かされているということが、私にとって非常に大きな衝撃でした。「働くこと」において前提だと考えられてきた「人が仕事に合わせる」というものではなく、それぞれの人の特性に合わせて仕事をカスタマイズし、「仕事を人に合わせている」のです。つまりは、営業や経理など知的障碍者が担うのが難しいところを障碍のない人が担い、チョーク製造のほぼすべてを知的障碍者が担っています。
また、それぞれの製造過程でもその人ができるよう工夫されています。たとえば時計を理解できない人は砂時計を使う、一人の人が一つの作業のみに集中できるよう工程を細分化するなどです。このような工夫が一般企業でなされているということが衝撃! たとえ一般企業であってもマネジメントする側がそう言った考えをもっていれば、(もちろん数々の困難はあるかと思いますが)それを行うことは可能だということです。

以前テレビで見ましたが、理化学工業さんには40年を超えて働き定年を迎える知的障碍の方がいらっしゃいます。雇用が安定し、長期的に働くことのできる環境も見習うべきところが多いと思います。
そして何より、「見ていただいたら分かると思うが、ここで働いている人たちは、仕事をやらされているという感じではなく、少なくともやりたいと思ってやっていると思う」と笑顔でおっしゃった大山会長がとても印象に残っています。実際、仕事をしている方々の技は職人の域まで高められ、また、持ち場以外の仕事も積極的にこなすなど、自分の仕事に誇りをもってやっているということが、どの人からも感じられました。

誇りをもって取り組めること、ありますか?

テミル調査の強み
定量調査と定性調査はどちらがいいのか?これは多くの人が抱いている疑問ではないでしょうか?
双方の主張が対立していると考えるとき、定量調査でよく用いられる主張は、「N数が多い方が多くの人の意見を反映しており、かつ客観的である」というもの。一方、「量では見えないこともある。その人の考えや想いの背景をライフスタイルも含めて深く見ていこう」というのが定性調査の主張です。

しかし、テミルは双方が対立しているとは考えていません。どちらも、用途に応じて使い分ける必要があると考えています。一部の研究者の方々は(たとえ統計学の先生であっても)、「どっちも大事。要はどこに焦点を当てて調査するか」とおっしゃっています。
つまり、数勝負で全体をぼんやりと把握したい場合はサンプル数にこだわり(定量調査)、人間の生活や考え、想いがどうなっているのかを知りたい場合は、サンプル数よりも深さにこだわる(定性調査)ということです。

そして、テミルは定性調査を得意としています。理由は、生活に関する知識を備え、面接の技術をもった社会福祉士が調査をするからです。強みは人々の生活を理解しながら、個々の想いや意見を聞きだすこと。また、テミルの感性評価ではSD法という調査も同時に行うので、統計学的な根拠も得ることができます。

ただ、おもしろいことに、全体の傾向として5人ほど調査を行うと、ある種の共通項が見えてきます。私は、個別インタビューとなると、個々の生活や考えは多様で、意見も違うと考えていたのですが、深い部分で共通した何かが見えてくるのです。奇抜で個性的な意見ももちろんありますが、一定の法則性をなすのです。個々は違うように見えて(もちろん細かいことを言うと全く違うんですけど)共通項ではくくれるんですねー。

深澤直人さん 「森と水デザイン会議」


昨晩、港区のエコプラザで開催された「森と水デザイン会議」に参加し、デザイナーである深澤直人さんのお話を聞いてきました。深澤さんは音楽家の坂本龍一さんが立ち上げたmore treesの活動に賛同し、ベンチをデザインされています。昨晩はその活動のことと「エコとは?」についてお話しくださいました。話は「アフォーダンス(affordance)」にまで及び、大変興味深い時間を過ごしました。

「アフォーダンス」とは造語であり、アメリカの知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソンによって提唱されました。生態心理学の基礎的な概念であり、簡潔に表現するには無理がありますが、「生物(人間や動物など)は、環境に実在し、意味や価値を探索することによって、日常生活や知覚・認知などを獲得する。また、生物と環境は等しい価値であり、(無意識において)互いは調和しようとする」といった考えです。

私は「調和しようとする」という言葉に強く惹かれました。
深澤さんは「デザインの輪郭」という本の中で「行為に溶けるデザイン」について述べていらっしゃいます。深澤さんのデザインは、やはり人々が無意識にとってしまう行動と調和しているのですね。だから、人々の心の中にすーっと入ってくる、そんな風に思いました。
そういう意味でも、深澤さんは非常に深いレベルで人々を捉えてデザインをされているのだと、ハッとさせられました。おもしろい。

弊社の調査は、ユーザーの生活を知り、ユーザーの語りにしっかり耳を傾けることを最も大切にしています。それは、ユーザーは自由に話をすることで、自身が気付かなかった面に気づいて更に深い話をしてくださったり、調査者がユーザーの無意識にとっている行動を見つけたりする可能性が非常に高いと考えるからです。これは、弊社が目指しているワクワクする商品やサービスをつくるために大きなヒントになり、弊社の感性評価でも重要な手法の一つです。

深澤さんのお話は、人間を生態系の一部としてとらえることで、人間のさらに深いところが分かってくるのではないかという新たな課題を提供してくださいました。
おもしろい課題にワクワクしています♪

more trees


ソックモンキーあらわる!


 愛すべきおさるさん “ソックモンキー” を発見。

 ソックモンキーは大恐慌の時代、アメリカで誕生しました。当時、多くの人々は貧しくてクリスマスをお祝いする余裕もありませんでしたが、1人のおばあさんはかわいい孫のためにあるプレゼントを用意しました。それは労働者がはいていたレッド・ヒール・ソックスを工夫してつくられたもの…。それがソックモンキーのはじまりです。

 日本での彼らのふるさとは「緑光苑」という障碍者の人が働く事業所(就労継続支援B型)です。一匹一匹が手作りで、オリジナル。みんな違う愛嬌のあるおさるさんは、いろーんな人から愛されていますね♪

 興味深いことは、障碍者就労の一環としてソックモンキーづくりがなされているということです。いろんな就労内容がありますが、障碍者の就労でこのような創作に取り組み、積極的に市場で幅広く売り出そうとする姿勢は斬新だと思います。このような就労がもっと広がるといいなぁ。

国際福祉機器展に行ってきました!


今年も国際福祉機器展に行ってきました。特に目新しいものはなかったのですが、以前ネットで発見しておもしろいなぁと思ったものが実際に展示されていました。「これは!」と思い、ブースの真正面を陣取り説明を受けてきましたので、ここでご紹介したいと思います。

その名も「てくてくラジオ」

てくてくラジオとは、施設や商店街などを訪れた人が気軽に情報を入手できるシステムです。図にあるように、発信側(たとえば、パン屋さん)がAM微弱電波発信機に流したい情報を録音しておきます。パンやさんなので「本日、パンの特売日〜!特にくるみパンがおススメよー」と録音。何度も録音可能です。
その情報はAMラジオを持っている人が入手できます。ラジオの電源を入れて発信器の2〜3メートル内に近づいた人は、発信器の電波をキャッチし、パン屋さんが録音した情報を得ることができるのです。AMラジオを持っている人は、「今日は特売日?!1つ買っていこうかしら」ということになるかもしれません。

このシステムの凄いところは、誰もが手軽に扱うことができるというところです。市販のラジオを持っている人であれば、誰でも受信者になることができます。特に視覚障碍者は、音声によって、ここがどんな建物なのかという情報が入手できます。もちろん、それ以外の多くの人も、音声によって様々な情報を得ることができるのです。発信側はすべての設備を整えると初期費用が6万円ほどかかるそうですが、それ以外は毎月の電気代60円くらいだそうです。

もしすべてのお店に発信機がついてある商店街があれば、ラジオを持って歩くといろんな情報が得られておもしろそうだなぁ。別にお店のことだけじゃなくて、そのお家の重大発表も録音してもいいわけですもんね。「うちの家、初孫が誕生しました!」とか、「明日はうちの子どもの発表会の日。見に来てやってください」とか。。。買い物をしたときに、「初孫誕生おめでとう!」という微笑ましい会話が交わされる商店街なんてステキ!と想像してしまいました。


「充」
ブログを書く、書くと言いながら早数ヶ月。サボりすぎでごめんなさい。
今日は、2007年最後の日。今年は私にとってどんな年だったのか、忘れないように書いておこうと思います。

金曜日、テミルの忘年会があった。その時に、「今年の出来事ベスト5」を発表したのだが、そのベスト1にはダントツで「テミルに出会ったこと!!」がランクイン。
人は、いくつかターニングポイントがあって、何年後かに過去をふりかえるとき、「あんときよ、私の人生が変わったのは!!」と話をすることがあると思う。私はきっとそのときに「テミルとの出会いは私の大きなターニングポイントだった」と胸を張って言うだろう。まだ、ずっと先の話だろうが、それほど私には衝撃的な出来事だったのである。
そんな出来事を体験したこの一年。この複雑な一年をここで簡潔に表したい。今年を漢字一文字で表すとどうなるのか?ん〜、そうね。色々考えて、頭を捻って出てきた一文字。
「充」という漢字。

私の最大の目標は、豊かな人になること。そのためには、いろんな人と出会い、いろんなことを経験していきたい。そして、自分の「引き出し」を増やし、みたしていきたい、私は常日頃からそう考えている。

幸せなことに、今年は毎日がそんな1年であった。社会人1年目のわたくし、見るもの、聞くこと、感じること、全てが初めて。私は貪欲にそれら全てを自分の引き出しに突っ込んでいった。
「充」は、みたすという意味がある。「なんで屋カード工房」のブログで読んだのだが、「満たす」は器の大きさが決まっているが「充たす」は器の大きさは決まっておらず、充たされるほどその器が大きくなっていくらしい。
今年はまさに、そんな毎日だった。いろんなことを体験し、自分の引き出しを充たして充たして、留まることをしらない。引き出しもいっぱいになることはなく、柔軟にどんどん大きくなる。そんな体験をさせてもらった。
ここで忘れてはいけないことがある。引き出しは、決して一人で充たしていったのではないということだ。テミルで出会った多くの方々が、私に色んな体験をもたらしてくださった。私は心から幸せものであると思う。「ありがとう」を叫びながら、ずーっと走りたいくらい。みなさまに伝えたい。

私は、自分の引き出しが充たされていると感じると心が踊る。世界がキラキラして見えて、楽しくなる。今は私の中だけの体験だが、いつかはその気持ちを多くの人と共有できるといいなあ。それが私の夢。

来年は特定の分野に固執せず、幅広い視点で引き出しを充たしていきたい。今からとっても楽しみで、胸が高鳴る。

熱く語っているうちに、今年も残すところ、あと1時間となってしまった。
では、みなさま、よいお年を!!

オーストラリア通信 その2


本日ご紹介するのは、歩行者用信号機の下部に付いている物体。これは、視覚障害者に「止まれ」と「進め」を示す付加装置である。日本ではあまりお目にかかれないが、オーストラリアにはそこら中にゴロゴロ、町中のほとんどの信号機に付いている。
日本と大きく違うのは、音を鳴らす仕組み。日本は何かの音をスピーカーから流しているのだが、オーストラリアのものは、信号機の柱を何かがトントン叩くことで音を鳴らしている。止まれのリズムは、小さい音でカチ・カチ・カチっとゆっくり刻まれる。でも、青になった途端、音量があがり、カチカチカチ……と速いリズムを刻む。私はその音を聞くと、どうも急かされている気分になり、思わず早足になった。交通戦略か?しかも、その音は、信号が青のときだけでなく、赤の時もずーっと鳴っている。つまり、鳴り止むことはないのね〜。ひたすらカチカチ鳴っているので、初めの頃はちょっぴり耳障りだったが、慣れるとそうでもない。
しばらくの間歩いていると、自分の妙な行動に気づいた。道路を渡るときに信号を見ずに渡っていたのだ。まあ!知らず知らずのうちに、信号を見ずとも音で判断して道路を渡るようになっていたのである。周りをじっくり観察していると、よそ見をしながら横断歩道を渡る人をたくさん発見!!音、聞いてますねっ。

おそらく、この装置を付けた目的は、視覚障害者が道路を渡りやすいようにということだったろう。でも、この装置は視覚に障害のない人にとっても便利なものである。マイノリティに便利な装置、実はマジョリティにも然り。これこそがまさにユニバーサルデザインの考え方である。オーストラリアには、そういった光景がごく普通にみられ、ここでも文化の差を目の当たりにした。びっくり指数、またまた上昇☆


オーストラリア通信 その1
先月は数日間、仕事でオーストラリアへ行ってきました。私にとっては初海外。見るもの全てが新鮮で、私の好奇心をくすぐるものばかり。いや、くすぐるどころか鷲掴みでしたね。遅くなってしまいましたが、これからしばらくはオーストラリア通信をお届けしたいと思います。







これらの画像は、オーストラリアの道路標識。日本と大きく異なる点は、ほとんどの標識が絵や図で書かれていて単純明解なこと。パッと見れば、「この道はこんな風に横切れる」とか、「この辺は老若男女が行き交う道、スピードは40キロですよ〜」ということが分かる。ちなみに黄色地に足が描かれているものは、「(人がいるから)止まんなさい!」という標識。しかし、この発想は日本人の私にとってはあまりに斬新すぎて、標識の意味が分からなかった。滞在2日目、上司がそっと教えてくれた。
このようにオーストラリアでは、(私にとっては)道路標識も一種の「芸術」、ある種の「なぞなぞ」で、行くところ行くところ目が釘付けだった。おもしろいぞ。

ここで気になるのは、なぜこんな表示スタイルになったのかということ。オーストラリアは、かつてイギリスの植民地であったため、オーストラリアにはヨーロッパ文化が数多く根付いている。その一つが標識。ヨーロッパの国々は他の国と隣り合っているため、道路も国境を越えて発展してきた。そのため、標識に言語を使用せず、なるべくシンボルとして表示するという取り組みがなされてきたのである。そういったヨーロッパ文化がやってきて、オーストラリアにも残っているのである。

この標識、いつ見ても限りなく多くの人々にとって「分かりやすい」ではないか!!


東京さぬき倶楽部


私の出身地は「さぬき」。今で言う香川県だ。県民性は、温暖な気候風土が影響してか穏和。争い事を好まず、社交的。マイナーなことを言うと貯蓄好き(らしい)。ふふふ。香川県出身の有名人は、お笑い芸人のナンチャン(高校の先輩でもあるのよ〜)や松本明子といった具合かしら。

新歓の場所を探していると、上司が(私にとっては)びっくりな穴場を発見!!その名は「東京さぬき倶楽部」。こんな近くに讃岐を感じられる場所があったとは。
讃岐と言えば、やはり讃岐うどん。うどん無くして讃岐は語れない。ちいさな頃からうどんと共にあった私は、うどんの味にはうるさいのであります。ここのおうどん、私が東京で食べた中では一番おいしゅうございました。その他にも讃岐を彷彿とさせる「押し抜きずし」という甘いお寿司(お祝いの時に作られていたもの。一説によると、今でも甘い理由は、砂糖が贅沢だと考えられていた時代にお祝いの席のときぐらいは砂糖をふんだんに使って料理をしたことの名残らしい)や「てっぱい(香川県はため池が多いため、鮒のてっぱいが有名。鮒、大根などを白みそとお酢であえたもの)」がお膳にあった。てっぱいは、私とっては、ばあちゃんの味。私が帰省する度に今は亡きばあちゃんが作ってくれた。無愛想なばあちゃんだったが、これを作ってくれる度に「おかえり。よう帰ってきたね」って言うとるようで、嬉しかった。

関東に出てきてはや6年。出てきたときは、標準語や東日本の文化に慣れず辛かったな〜。来て1、2年はず〜っと香川に帰りたかった。でも、今は東京の環境も好きで、ここでがんばろうと思う。でも、よく考えたら、私が東京でがんばれるのは、私には帰れる故郷があるから。そして、家族も香川で一緒にがんばっているからなのだ。
いつ帰っても「おかえり〜」と穏やかな空気に包まれた讃岐は本当にステキなところ。時間がのんびり流れていて、そこには温かい空気や気持ちもたくさんある。そんな讃岐の国は私が心から誇れる故郷だ。

讃岐ええとこ、一度はおいで、まあ、いっぺんきてんまい♪