詩『生命は』 吉野弘 
前回の中尾さんのブログでは、
それぞれの違いをもった生きものからなる自然界の「調和」、
そして、それぞれの個性をもった人間からなる社会の「調和」、
そのために「分からない・知らない」で済ませるのではなく、
互いを知り認め合うことの大切さについて書かれてありました。


その「調和」ということに関して
今回はある詩を紹介したいと思います。

※以下の詩は映画『空気人形』(是枝裕和監督)の中で使用されていた吉野弘さん(詩人、1926年山形県酒田市生まれ)の詩です。

――――――――――――――

『生命は』 吉野 弘(よしのひろし)

生命は
自分自身だけでは完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする
生命は
その中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ

世界は多分
他者の総和
しかし
互いに
欠如を満たすなどとは
知りもせず
知らされもせず
ばらまかれている者同士
無関心でいられる間柄
ときに
うとましく思うことさえも許されている間柄
そのように
世界がゆるやかに構成されているのは
なぜ?

花が咲いている
すぐ近くまで
虻の姿をした他者が
光をまとって飛んできている

私も あるとき
誰かのための虻だったろう

あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない


――――――――――――――


世界は多分・・・・

世界がゆるやかに構成されているのは
なぜ?


私はこの下りが好きです。

疎遠や孤独のように感じられる世界でも、
世界はゆるやかに構成されていて、
それは、自分ではそうと気付かなくとも
互いに「虻」や「風」になっているからでしょう。


「いきものみっけ」とは違うアプローチですが、
この詩も「調和」「支えあい」というものを気づかせてくれるなぁと思います。

手で編んだもの


写真は毛糸で編んだ敷き物です。
手作りなんです。

大胆な色使いに思わず見とれてしまいました。

計算されているような、気分屋さんのような色使い。
こんなに存在感のある敷物に何を置こうかと考えるとワクワクします。


作者は特別支援学校(知的障碍)を卒業したO君です。
O君は編み針を使って編むのでなく、O君の作り方は以下の通り。
まず、左右に釘のような棒が何本か並んだ板に、毛糸で輪を作って、右と左の棒にひっかけます。これが敷物の横糸となります。何本も並んだ横糸の間を、毛糸でジグザグと縦に通していきます。

私は弊社の事業の関係で月に何度かO君にお会いします。
糸を選んでいる様子、たんたんと編んでいる様子、そして完成するまでを見てきました。
完成品を手に取るとそれらの様子が浮かんできてますます愛着が湧きます。
きっと、既製品では味わえない良さですね。

ダイアログ・イン・ザ・ダークに参加しました。
DIALOG IN THE DARK

「みえない。が、見える!」
まっくらやみのエンターテイメント
Dialog in the Dark

〜公式ホームページより〜
http://www.dialoginthedark.com/



現在、東京渋谷区神宮前のレーサムビルB1Fで開催されている「ダイアログ・イン・ザ・ダーク(暗闇の中の対話)」に参加してきました。

「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」とは、一切の光を完全に遮断した空間の中を、視覚以外の感覚を使って進んでいく体験ツアーです。アテンドとよばれる視覚障碍者の方に案内されながら、8名から成るグループが一緒に進み、暗闇の中に用意されている日常生活の様々なシーンを体験します。
同イベントは、1989年にドイツで、哲学博士アンドレアス・ハイネッケの発案によって生まれ、1999年以降から日本でも開催されてきました。


ツアーでは、初めに暗闇の中で使用する白杖を選びます。そして、簡単なオリエンテーションの後に、真っ暗やみの中へ。ツアーのスタートです。
完全に光が遮断された空間は、文字通り真っ暗。すぐ近くにメンバーがいるはずなのに、一瞬にして距離感が失われました。視覚障碍者のアテンドさんの明るい声を頼りに、へっぴり腰になりながら、一歩ずつ足を前に出します。

暗闇の中にどのような場面が用意されているかは、ネタバレになりますので控えますが、日常生活の普通の一コマであったり、いつもの空間や環境であったり、普段となんら変わらないシーンが用意されています。
でも、普段と違うのは、視覚以外の、耳、手、鼻、足、味、の感覚をめいいっぱいに使うことです。例えば、手で触れてモノを判断するとき。 普段は、まっさきに目で見て判断をしてしまいますが、今回は違います。形はもちろんのこと、表面の質感(ザラザラ感やツルツル感)や量感や匂いから、モノの種類・大きさ・時間の経過など、その「正体」を探ろうと丁寧に触っていました。 
肌の温度や音が変わると、新しい空間に来たことがわかります。
暗闇の中には、味覚を体験するシーンも用意されています。メンバー一同、目が見えるときよりも「よく味わえる」とうなずいていました。また、視覚障碍者のアテンドの方によると、目が見えない場合、「普段よりも味が濃い・はっきりしている」と感じる方が多いとおっしゃっていました。

そして、もう1つ。ツアーではお互いのコミュニケーションがとても大切であり、また温かく感じました。メンバーは初対面の人が大半ですが、名前を呼び合ったり「○○さん居ますか〜?」と声かけをしたり、「ここに扉がありまーす」「○○さんはしゃがんでいます」と情報を共有していくうちに不思議な連帯感が生まれてきます。 最初は怖くてへっぴり腰な私も最後は、メンバーみんなで冒険に出ているような強気な感覚に。(※一緒に参加した同僚のNさんは、この連帯感だとどんな団体競技もいけちゃうね!と話していました。・・・笑) 初対面の人同士、恥ずかしさではばかられることも全く気にしない様子で、みなさんで助け合いながら一緒に進んだ経験がとても印象に残っています。

ダイアログ・イン・ザ・ダークは6月下旬までの開催です。
機会がありましたら是非体験してみてください。
自分の感覚、モノや人との距離感、いつもとは違ったいろいろな発見があると思います。

キャッチボール
こんにちは。吉尾です。



またまた私事ですが、ほっこりとする出来事があったので
書かせていただきます。

私が自宅でお風呂掃除をしていた時、

裏のお宅の風呂場から会話が聞こえてきました。

家々の風呂場が近接しているので、とても良く声が通ります。

小さな女の子と、お父さん(おじいちゃん?)の会話です。


女の子とお父さん、どうやらお湯につかろうとしているようです。

女の子「あちゅい?(熱い?)」としきりに聞いています。

そのたびにお父さん(おじいちゃん?)、「熱くないよ〜」と返してました。

女の子:「あちゅい?」

お父さん:「熱くないよ〜!」(安心させる声で)

女の子:「あちゅい?」

お父さん:「熱くないよ〜!」(なだめるような声で)

ところどころ、女の子の「きゃっつ!きゃっつ!」という笑い声も聞こえます。


女の子:「あちゅい?」

お父さん:「熱くないよ〜!」

結構、何度も繰り返してます。

女の子の可愛らしい声「あちゅい?」と、お父さんの優しい低い声「熱くないよ〜」が、まるで合奏のようです。


そのうちに……


女の子:「あちゅい?」

お父さん:「あつくないよ〜」

女の子:「あちゅくないよ〜」

お父さん:「あつくないよ〜」

女の子:「あちゅくないよ〜」

お父さん:「あつくないよ〜」

女の子:「あちゅくないよ〜」         ・
      ・
      ・

次第に2人で「あつくないよ〜」の繰り返し。

言葉遊びのようです。
女の子にとってもお父さんにとっても「熱い」という言葉の意味はもはや関係ないのでしょう。

「あちゅい(熱い)」という言葉の音や響き、
「あつい」という言葉を2人で楽しむこと(真似すること)がとても楽しいようです。


こういうキャッチボールって、何気ないけど好いなぁって思いました。


隣で、風呂場をゴシゴシ磨いていた私は、楽しいBGMを聞けてよかったです。


潜水服は蝶の夢を見る


2007年 アメリカフランス  ジュリアン・シュナーベル監督

ELLE誌の編集長で活躍していた男性が
ある日突然、脳梗塞による全身麻痺に陥ります。
その後、唯一動くのは左目の瞬きだけに。
その瞬きによるコミュニケーションと、蝶のような豊かな想像力と記憶力で
自伝を書き上げたという実話です。

なぜ潜水服なんだろう?と疑問に思っていましたが、映画を観て納得。
潜水服の意味するところ、それを表す映像は重みを持っていました。
全体的に映画は淡い色彩で描かれており、特に想像の世界は蝶のように浮いているようでした。
人間の生命力の強さをもっと信じたいと感じます。







話がかわりますが、最近飲みものつくりにはまっているわたくし。
チャイやミルクティーなどに『ラム酒』を入れることがブームとなっております。

カップを口に運んだとき、ラムの香りもさることながら
ゆっくりと飲んでいくとお腹の中からじんわりと体が温まります。
ラム酒(40度)は全体量の1割程度ががおすすすめです。
(200mlに対してラム酒20mlぐらい)
香りづけに少量を数滴たらすのも良いかもしれませんね。

温かいものを飲むと、呼吸がゆっくりになってリラックスします。
温かいカップを持ってゆっくり飲むのは幸せのひと時ホットコーヒー
そういう時間を大切にしたいと思います。

※きのこ・魚のクッキーとプ〜さんは手作りじではないです。買いました。


スープを作っテミル。
こんにちは。今日から4月。桜も満開桜桜
ピンク色がお空に近いところにあるときれいですね。


私事ですが、かぼちゃスープを作ってみました。



このかぼちゃスープ、実はミキサーは使っていません。
材料は、かぼちゃ・豆乳・牛乳・固形スープ・塩少々のみ。
煮崩れしたかぼちゃを木部らでつぶすので身や皮が残りますが、
クリーミーなスープと違って、かぼちゃの素材そのものが残った感じになります。

スープが焦げないように木部らで回しているときは楽しい。
出来上がったスープはかぼちゃ・豆乳・ミルクの甘み、塩・コンソメのしょっぱさがとても合っていて美味しかったです。

スープを料理の18番にしたいと思っていますので、
記念に写真を撮りました。
スープを少しでも美味しく見せようと気合が入ります。
スプーンの位置、アングル、ズーム…などなど試行錯誤。
けっこう写真も難しい。けど、これまた楽しい。



■かぼちゃスープのレシピ(4人)■
かぼちゃ1/4  豆乳500cc  牛乳200cc 
固形スープ1個  塩少々

,覆戮貌ζ・牛乳・固形スープ、小さく乱切りしたかぼちゃ、塩少々を入れてかぼちゃがやわらかくなるまで煮ます。

△ぼちゃが煮崩れしてきたら木部らなどでつぶします。
 テキトーで大丈夫。

E喘罅⊃緤が足りなくてペースト状になってきたら牛乳・豆乳・又は水でのばします。

い気に入りのスープ皿によそって召し上がれ。

と〜っても簡単。と〜っても美味しい。お試しください。




色の認識
先日、会社で行なった検証の関係で、
先天性の全盲の方と一緒に歩く機会がありました。
この機会に、前々から気になっていたことを伺ってみました。
「色の認識はどのようにされているのですか?」と。

例えば、お皿やコップなどの物体や、○△□球など形が決まっているものは、視覚的な情報がなくても手で触れることで、または耳で聞くことで、その実体概念を頭のなかに組み立ていらっしゃるのかもしれません。

しかし「色」は手で触れることができないし、音もありません。


「色」というものをどのように捉えていらっしゃるのか伺ってみたところ、
「青」は空の色・海の色…
「緑」は森の色・草の色…
「赤」は血の色・林林檎の色…
というように、他の物質や知識と結びつけてインプットされているとのことです。


「それはみんなが、『酸素』とか『窒素』とかを理解する場合と似ていますか?」と質問してみました。
酸素や窒素も一定の形が存在しないし、目でも耳でも捉えることはできません。ただ、「酸素や窒素は空気を構成するもの・・・」というように、他の物質や知識と結びつけてインプットされていると思います。

一緒に歩いていた方は「その感覚に近いかもしれません」とおっしゃっていました。


「じゃあ、ちなみに『愛』とか『夢』とか、『やさしさ』とか、そういった抽象概念を理解する場合にも近いですか?」とお聞きしたら、

「そうですね〜。そうかもしれないですね〜。でも、どうだろうな〜」と
微笑みながら、首を傾げていらっしゃいました(笑)。



様々な立場の方の、いろいろな物事への認識や感じ方を少し感じられた気がします。



『WATER』展




東京ミッドタウン内で開かれている佐藤卓ディレクションの
『WATER』展へ行ってきました。

様々な角度からデザインと水との接点をつくり、
「デザインによって水を示す」という実験を、目的としています。
展内には五感を刺激する展示がありました。



企画展の入り口には写真のように傘が逆さまになって飾られています。

具体的な展示内容からは逸れますが、
一緒に行った友人が逆さまの傘を見て面白いことを言いました。

「傘の役割は雨をしのぐことだけど、逆さまにすれば水を貯める入れ物になるね!」と。

通常の使い方だと、水を避けるけど、
逆向きの使い方だと、水を貯める。


実際に水を貯められるかは分かりませんが、
道具の向きを逆にしたら、機能も逆になる。
なんか、ここに面白味というか、魅力を感じた次第でございます。おはな

もしも空が落ちてきたら


朝食に雲をいただきましょう。





今回は素敵な絵本をご紹介きのこレッド

アメリカの作家クーパー・エデンズのこの作品は、
多くの賞を受賞し、100万部以売れたベストセラー。

本屋さんで出逢い一緒に帰宅しました。

「もしも空が落ちてきたら・・・」の他に、
「もしも夜が落ちてきたら・・・」
「もしも時計がとまったら・・・」
「もしも最後のダンスになってしまったら・・・」
「もしも靴下が合わなかったら・・・」
「もしも太陽が二度と照らないのなら・・・」と、

 ちょっと悲しくなるような、切なくなるような、
 寂しくなるような、怖くなるような、
 たくさんの「もしも・・・」があります。

 でも「朝食に雲をいただきましょう。」のように、
 頭や心のどこかがピカっとひらめき光って、
 子ども心を忘れた人なら思わず「座布団一枚!」と
 手を挙げたくなるのでは??
 その、ペロっとひっくり返したような独特な明るさが魅力です。

  
 そして気がつくと前よりも元気になっています。

  
 
  







花を植えテミた。


今年に入ってから休日はお花のお手入れをすることがあります。


写真は5月に植えた寄せ植え。
プランター・お花選びから花植えまでひとりで挑戦してみました。


赤い薔薇をメインに、白や紫の小花と葉物も組み合わせてみました。
高さや色(花と葉)のバランスを考えて。
う〜ん、でもこれはなかなかムズカシイ。
ちょっと欲張って色々と植えてしまったかな。

お花屋さん曰く、花:葉=1:3の割合が花の色も映えてバランスが良いとのことでした。ガーデニングにおける黄金率でしょうか。

右側にあるふわふわのぼんぼんは、バニーテールといいます。
名前どおり、うさぎの尻尾のよう。可愛い。




写真は5月の寄せ植えですが、
先日、冬に向けても寄せ植えをしました。

今度は、冬の寒さにも強いビオラ
(パンジーよりも花の直径が小さい)
が中心。紫・青系でそろえてみました。
イメージは不思議の国のアリスのつもり。
(写真をとったらアップしますね)

それにしても・・・パンジーの花が
おじさん(おじいさんかな)の顔に見えて仕方がありません。

思わず手を振りたくなります。




おわり。



介助の経験
私的なことですが、私は2年間、脳性麻痺の方(Aさん、女性・5☆歳)の介助のアルバイトをしていました。
そこでの思い出事を書きたいと思います。


今回はコミュニケーションについて。
(次回があるかどうかは未定です・・・てれちゃう

Aさんと初めてお会いしたのは2年前の7月。
Aさんは、生まれたときから脳性麻痺のために四肢麻痺と発話の障害をもっていらっしゃいます。
5☆歳でいっらっしゃいますが、某アイドルグループの大ファンで、
お茶目なお方です♪♪


今でこそ、コミュニケーションは取れますが、
初めの頃はAさんの言葉が聞き取れず、
なかなかコミュニケーションがとれなかったのです。

Aさんの言葉が聞き取れなかったとき「何度も同じことを聞き返したら失礼にあたるし、Aさんも疲れてしまうだろう」と勝手に思い込み、
なかなか聞き返すことができなかったのです・・・。
その場の雰囲気や話を中断させまいと意識し、
聞き返すときも「すいません、すいません」という言葉ばかりが出てしまい・・・。


でも、本当は違うんですよね。
むしろ、形ばかり繕って知ったふりをして返事をしていたり、
あかたも聞き返すという行為が悪いことみたいに振舞ってしまう、
そのこと自体が失礼にあたるんですよね。


このことを痛感したのは、Aさんが
「そんなに謝らなくていいのよ。ちゃんと意思疎通したいから、むしろ分からないなら何度でも聞き返してほしい」とおっしゃった時でした。


あ〜、自分はAさんときちんと向き合ってなかったんだな〜って。

私の憶測ですが、もしかしたら発話の障害を持っているAさんは、
幼い頃から何度も聞き返されるということが多かったかもしれません。
なので、聞き返されることに慣れていらっしゃってて、
それを「当たり前のこと」「普通のこと」と感じていたかもしれないし、
また、聞き返すことを遠慮する相手(初めの私のように)に対して、寂しい思いをされていたかもしれません。

もしこのようにAさんが感じていたとしたならば、
私が初め過度に遠慮していたことや危惧していたことは、
きちんと意思疎通したいと思っているAさんに対して、
気を遣っているようで、気の遣いどころを間違えていたんだな〜と。
心配だったなら、心配だということを伝えて話合えばいいんだな〜と、
いえると気がします。


このことは障害を持っている持っていないに関わらず、
全ての方とのコミュニケーションでいえることだと思います。

自分で勝手に思い込んで、相手のことを想っているようで、
想っていない・・・なんて悲しいし、
人それぞれ、想定や前提としていることが違うので、
そこにズレや違和感を感じるときは、やっぱり話あって
歩み寄っていきたいな、と思います。

このことに気付かせてくれた出来事でした。




おわり。